石を扱っていると、よく、「こんな石を持っているのですが、これって本物ですか?」と聞かれます。
この種の問いには、非常に困ってしまいます。
昔し、私の母が、父からもらった婚約指輪を私に見せて、「これって本物?」と聞いてきました。
それは、真っ赤に透き通った石でした。
私はその石をルーペで何十分もの間、眺めていました。
それは、その石そのものではなく、その石の中に映し出されている映像でした。(実際ではなく想像)
当時、安月給の父が、どんな思いでこの指輪を買ったのか?
なぜ、この赤い石を選んだのか?
若かりし日の母が、これをもらった時の笑顔……。
み~んなこの石の中に入っていると思ったのです。
私には、その石が本物か偽物か?いくら位するのかは、どうでもよかったのです。
その石の価値より、人の思いの価値は何十倍も何百倍も大きいのです。
私は母に、「いい石やなぁ~。大切に持っときや~!!!」と伝えました。
父も母も、ニコニコとして嬉しそうにしていた事を思い出します。
宝石の鑑定士の学校に行っていた私は、その日以来、鑑定士になろうとは思わなくなりました。