◎藤社神社、乙女神社、九柱神社◎

 

 

 

前回の比沼奈為神社のすぐ近く、同じ峰山町に藤社(フジコソ)神社、乙女神社、九柱神社とがつながり、磯砂山を囲むように神社が点在しています。

藤社神社は比沼奈為神社と同じ形式で築かれ祀られている神も豊受大神と同じでした。

とても、おごそかな神社でした。

乙女神社には、羽衣伝説があります。

昔むかし、大呂にミネモという若い猟師がいました。

夏の暑い日に、足占山(磯砂山)に狩りに出かけ、その頂上付近の池の横の木に見たこともない美しい着物が掛けてあり、今まで他人の物を盗んだ事のない正直者のミネモでしたが、あまりに美しいので家に持ってかえってしまいます。

天女は着物がないのに気づき、やがてミネモを疑い彼の家に入り、やがて嫁になり家の中を調べ続けましたが見当たりませんでした。

そのうち子供ができ3歳になったころ、天女は子供からお父さんが柱をいつも拝んでいることを聞き、ミネモがいない時、柱の下を調べてみると羽衣がありました。

そのまま天女は羽衣を着て「私に会いたければ、千荷の推肥(たいひ)の上にこの種を蒔き蕾が伸びたら、それを伝ってきてください」と手紙と種をおいて天に帰ってしまいます。

ミネモはその種を育てて、それを登り天上に上がり、そこで天人達に瓜の番を頼まれますが、「瓜が赤くなっても食べてはならない。」と言われます。が、あまりにもおいしそうな瓜を1つ食べてしまいます。

その時、大洪水が起こり流されてしまいます。

これが天の川となります。

天女はミネモに7日ごとに会おうと天邪鬼に伝えてもらいますが、天邪鬼は7月7日に会おうと伝えてしまいます。

年に1度しか会えなくなってしまったそうです。

この乙女神社は豊宇賀能売命(トヨウカノメノミコト)を祀ってあり天女の娘である、または、天女そのものであるという2つの説があります。

九柱神社は詳しく調べる事ができなかったのですが9人の神を祀る、つまり、おそらくアメノミナカヌシの神からスクナヒユナの神を祀っているのではないでしょうか?

全国でも珍しく徳島県と宮城県の宇土神宮内にあるぐらいですが、なかなかいい神社でした。

この辺りまだまだ探索してみたいものです。

しかし、太古の昔に同じ緯度に神社を建てていくにはどのような手法を使ったのでしょうか?

天文学にはかなり長けていたのでしょう。
 

そしてこのラインには何の意味があるのでしょうか?